大阪支店の話

入社して第二課に配属されたんや。ほやけどな、そこがまたクセの強い職場でな。直属の上司が三ケ山っちゅう人で、顔が伊集院光そっくり。しゃべり方までなんか似てて、会議中でも冗談まじりにしゃべるから、笑うに笑われへん空気になるっちゅう、あの独特のやつや。 ほんで翌年の4月にな、今度は本社から新しい課長がやってきたんや。それがまた羽鳥慎一にそっくりの大島いう人でな。スーツの着こなしも完璧、声も通るし、ようしゃべる。テレビのニュース番組みたいなテンポで指示出してくるから、わいら部下はついていくのに必死やったわ。 せやけどな、三ケ山と大島が同じ課におるっちゅうのが、これまたおもしろい組み合わせでな。伊集院と羽鳥が並んで仕事の話してるようなもんや。そらもう、朝から晩まで漫才みたいなもんやった。けど笑いごとやあらへん。大島が真面目な顔で「効率を上げよう」と言うたら、三ケ山が「せやな、まずワシのテンション上げるとこからや」て返す。そんなやり取りに毎回つき合わされるわいの身にもなってほしいわ。 今となっちゃええ思い出やけど、当時はほんま、出勤するたびに「今日はどっちがボケでどっちがツッコミや?」って心の中で予想してたんや。第二課いうより、第二劇場やったな、あそこは。

第二課から三課に転属になったんや。せやけどな、この異動がまあ、えらい目にあう始まりやった。三課の課長っちゅうのが、親会社から出向してきた深山いうおっさんでな、見た目は温厚そうやのに、腹の中はまるで高級すき焼き屋の鍋みたいに煮えたぎっとるタイプやった。 ある日、わいがちょっと手こずってる案件があってな。見かねた深山課長が「それ、俺が対応していいか?」言うてきたんや。そら上司やし、頼もしいこと言うてくれるやん思て、「お願いします」言うて任せたんや。 ほな、あの人、わいの名前で勝手にメール出すわ、取引先に電話するわで、完全に“わいプロデュースの深山劇場”開幕や。しかも内容がけったいでな、話が右行ったり左行ったり、取引先も頭こんがらがってる。結局、苦情はぜ〜んぶわいのとこに来るんや。「前と話ちゃうやないですか!」言われても、わい知らんがな、そんなん。 深山課長はというと、「まあまあ、細かいことは気にすんな」て笑ってる。気にせなあかんのはわいやっちゅうねん。ほんでまた、上には「若いのが経験積んでくれて助かるわ」て報告してるらしい。経験は積んだで、ストレスいう名のな。 転属っちゅうのは、新しい風を感じるもんやと思ってたけど、三課は風どころか台風直撃やったわ。次の異動が決まったとき、「今度はどんな災難が待ってるんやろ」て思わず手ぇ合わせて拝んだもんな。

米屋の息子がな、「歩くん会」いうハイキングクラブを立ち上げよったんや。名前のクセがすでに強いけど、内容はもっと強烈でな。月に一回、みんなで山を散策して、その帰りに酒飲んでワイワイやるっちゅう集まりらしい。健康なんか不健康なんか、どっちに振り切りたいんかよう分からん会やった。 わい? もちろん参加せえへんかったで。山登って汗かいたあとに酒飲むって、なんか身体にええようで実は悪い気しかしゃあへん。せやけどクローバー会のメンバーが何人か参加しとってな、会うたびに「次は一緒にどうや?」て誘ってくるんや。 「歩くん会、めっちゃええで!」なんて言うてるけど、話聞いたら半分以上が山より帰りの飲みの話や。なんやそれ、ハイキングが前座で飲み会が本編かいな。しかも毎回、誰かが足つって動かれへんようになったり、道間違えて一時間ロスしたり、聞いてるだけでわいの貴重な休日が吸い取られる音がするわ。 まあ、本人らは楽しそうにしてるからええんかもしれんけどな。わいはというと、山の写真だけSNSで眺めて、家でゆっくり酒飲む方が性に合うわ。わざわざ山登って喉カラカラにしてから飲むなんて、そんな“苦労して飲む酒がうまい”みたいな昭和な美学、わいにはよう分からん。 けどまあ、あのメンバーが仲良う続けてるんを見ると、歩くん会も案外悪くなかったんかもしれへんな。遠くから眺める分には、ちょうどええ距離感やけどな。

深山三課長が転勤になったんや。親会社に戻ったんか、どっか別の部署に飛ばされたんか、そこんとこは藪の中や。でもな、深山がおらんようになったらなったで、三課の空気がちょっと軽うなるんかな思てたんや。 ほな、そんな淡い期待を踏みつぶすように、また親会社から新しい課長が赴任してきよった。これがまた、ロザンの宇治原史規みたいな顔してんねん。頭ええんか知らんけど、見た目が完全にカマキリや。細長い顔にギョロっとした目、そしてあの陰険そうな表情。いつでも誰かの弱みをつねに探しとる感じやねん。 名前は八田。初日から「皆さんの業務を細かく把握したいので…」ゆうて、わいらの机の周りを音もなくスーッと歩き回るんや。まるで草むらから獲物狙っとるカマキリや。後ろ立たれただけで、なんか首のあたりムズムズするっちゅうねん。 書類のチェックも細かすぎて、赤ペン持ったら止まらへん。「この表現は曖昧」「ここの数字の根拠は?」「なぜこの順番?」って、揚げ足取りのプロか思たわ。しかも陰湿なところがあって、注意するときもコソッと耳元で言うてくるタイプやねん。あれほど背筋がゾワッとしたことなかったで。 深山課長の“勝手にわいの名前で暴走するタイプ”も困ったけど、八田の“じっとり監視タイプ”もまた別の地獄やった。三課というより、今度は昆虫館に配属されたんかと思うたわ。 ほんま、うちの課はなんでこうもクセの強い上司ばっか集まってくるんやろな。運が悪いんか、会社の人事が悪いんか、それともその両方なんか……まあ、わいはただの被害者やけどな。

損害保険の調査会社におった久末いう男が転職してきて、三課に配属されたんや。これがまた、有吉弘行そっくり。見た目だけやのうて、あのちょっとひねくれた笑い方まで似とるから、初対面で「絶対なんか言うてくるタイプやな」と察したわ。 久末は調査会社出身らしく、マニュアルの内容はようできとった。そらもう一字一句暗唱できる勢いでな。せやけど問題はそこから先や。頭に入っとるだけで、実際に動かへん。口では「了解です!」言うておきながら、行動は「未着手です!」の一点張り。わいが横でフォローせなあかん場面ばっかりやった。 ほんである日、宇治原史規似の八田三課長に呼び出されたんや。あの陰険カマキリの顔でな、「三浦くん、久末くんにあんまり意見せんといてくれるか?」言うてくるわけや。 「彼はね、これから出世していく立場にあるから」やて。 なんやそれ。出世するんは勝手やけど、わいに迷惑かけるんは勘弁してほしいわ。しかも課長の言い方がまた腹立つ。「久末くんは上から評価が高いんだよ」って、あたかも「だから君は黙っとけ」みたいな含みや。 その日から、有吉弘行似の久末がやりたい放題になったんや。「それ三浦さんやっといてくださいよ〜」「僕まだ分からんので〜」て、全部人に投げてくる。しかも課長が後ろ盾やからタチ悪い。 周りのメンバーは腫れ物触るみたいに接してるし、久末は久末で「俺は守られとる」みたいな顔して傍若無人に振る舞い始めた。わいなんか、彼の尻ぬぐいするために残業まで増えとるっちゅうねん。 頭にマニュアル詰め込んでるくせに、実際の仕事は他人任せ。出世するんか知らんけど、その前に人間としての基本くらい身につけてほしいわ。 ほんま、三課はいつから「実力やのうてお気に入りが出世する課」になったんやろな。わいはというと、相変わらず雑巾のように搾られとるだけやけどな。

調査会社から転職してきた久末はちょっと毒舌吐きそうな雰囲気やのに、実際はぜんぜんちゃうんや。 マニュアルの中身は、そらもう完璧に頭ん中入っとる。テストやったら百点満点やろな。せやけどな――実行力ゼロ。知識はあっても、手ぇが動かん。 たとえば、机の上で「この案件はこう処理すべきです」って講釈たれてんねんけど、いざやらせたら「あれ…ちょっと待ってください」や。ほんで気ぃついたら、仕事はわいの机に戻ってきとる。マニュアル暗記王が実務で迷子やなんて、笑えんコントやで。 結局のところ、久末は「知識型カーナビ」やな。目的地は説明できるけど、ハンドル握らせたら道に迷う。ほんま、知っとるだけで動かんのやったら、マニュアル本そのまま机の上に置いといたほうがまだ役に立つで。

ある日や。わいは三課の八田課長――あのロザン宇治原史規似のカマキリ顔に呼び出されたんや。何か思たら、「有吉弘行似の久末に意見すんな」やて。理由聞いたら、「彼はこれから出世していく立場にあるから」やと。 …いや課長、そらわいからしたら「上に行くんはエスカレーターで頼むわ、エレベーターやったら途中で止まるで」っちゅうレベルの器やけどな。 ほんで課長の後ろ盾もろた久末は、調子に乗るどころか完全に暴走モードや。傍若無人っちゅうんはこのことやな。マニュアル暗記だけは天下一品やのに、実務はゼロ点。それでも出世街道に乗った気ぃになって、社内を歩いとる様は、まるで「裸の王様」や。 それにしても、あんな小物を「これから出世する立場や」言うて守る八田課長の了見の狭さよ。せやけど考えたら、あのカマキリ顔が選んだエースが久末いうんも、ある意味お似合いやな。どっちも見てるだけでイラつくいう点では、ええコンビや。 結局わいに残されたんは、苦情と後始末ばっかり。ほんま、出世するのは久末やなくて、わいの胃薬の消費量やで。

宇治原史規似の八田三課長がな、ある日突然スイッチ入ったみたいに亀戸をいじめ始めたんや。理由? そんなんあらへん。ただ「気に食わん」だけ。仕事の内容やないで。八田のその“カマキリ顔でじっとり見る癖”が、亀戸に向けて毎日発動しとった。 「亀戸くん、なんでそんなやり方するの?」「亀戸くん、それは違うやろ?」「亀戸くん、またミスしてるよね?」 全部“ただ言いたいだけ”の難癖や。細かい赤ペン入れまくって、昼休みも呼び出して、最後は「君は努力が足りない」やて。努力足りんのはあんたの人格形成やろがい、と喉まで出かかったわ。 でな、その様子を横で見とった有吉弘行似の久末がまた、ええ感じに勘違いしよるんや。「課長に気に入られてる俺」いうマウントを握りしめてな、虎の威を借りる狐そのもの。 久末、急に声デカなるし、態度もデカなる。「亀戸さん、それちゃいますよ〜」「前も言いましたよねぇ?」「僕は課長に確認してるんでぇ」 おまえ、三週間前まで仕事内容半分も分かってへんかったやろ、いう話や。先輩の亀戸に向かって嬉しそうに説教してる姿、あれはな、見てるこっちが恥ずかしなるレベルやった。 しかも亀戸が落ち込んどるときに限って近づいていって、「まあまあ、僕も忙しいんで手伝えませんけど、頑張ってくださいね」とか平然と言いよる。人を励ますふりしてトドメ刺す技だけは一丁前や。 八田カマキリ課長の陰湿パワハラに、久末の狐みたいな小ズルさが合体したら、そらもう地獄や。三課の空気は薄うなるし、給湯室ではため息が多くなるし、わいなんかコーヒーいれる手ぇ震えてたで。 これで「久末は将来有望」言われてもな、わいの中では“有望やなくて有毒や”としか思われへん。 ほんま、三課はサファリパークちゃうんやから、弱いもんいじめの実演販売せんといてほしいわ。

羽鳥慎一似の支店長・大島はな、プロパーやのうて中途採用やったんや。これがまた微妙な立ち位置でな、生え抜きには分からん苦労を背負っとる人やった。せやからか知らんけど、中途組の部下たちの結束が異様に固かったんや。 大島がまだ課長やった頃からや。「外様やけど、実力は本物や」「この人について行ったら道が開ける」って、中途採用組が口々に言う。内容より立場に自分らを重ねとる感じやったな。 ほんで支店長になった途端や。中途採用組が一斉に太鼓鳴らし始めた。 「大島支店長の判断は合理的です」 「やっぱ外の世界知ってはるわ」 って、もう完全に神輿や。 わいは横で見とってな、「また始まったで、外様祭り」思たわ。課長時代は“頼れる兄貴分”やったのが、肩書き付いた瞬間に“象徴”に昇格や。自分の意見言う前に「支店長はどう思うか」って、合言葉みたいに飛び交う。 おもろいのはな、中途組が一番「合理性」とか「客観性」とか言いよるくせに、いざとなったら一番主観的に担ぎよるとこや。生え抜きの神輿と何が違うんや言うたら、担ぎ手の自己紹介が変わっただけや。

羽鳥慎一似の支店長・大島はな、実は同期の課長連中から、きれいさっぱり仲間はずれにされとったんや。昼休みも、飲み会も、ゴルフの話も、大島の名前だけスルーや。理由は知らん。せやけど、なんとなく分かる気もした。ああいう「無難の塊」みたいな人は、群れる側からしたら一番おもろない存在やからな。 会議室では支店長として祭り上げられとるのに、廊下出たらひとり。神輿から降りた瞬間、誰も声かけへん。あれはあれで、なかなかしんどい景色やった。 それ見ててな、わいと米屋の息子で顔見合わせたんや。「……行くか」言葉少なに合意成立や。 仕事終わりに、大島を立ち飲みに誘った。高級な店やのうて、駅前の、床ちょっとベタベタしたとこや。「え、僕でいいんですか?」みたいな顔しとったけど、まあ来た。 立ち飲みでな、支店長はやっと肩書き外した顔になったわ。ネクタイ緩めて、焼酎ちびちび飲みながら、「同期って難しいですね」なんてポロッと言いよる。ニュース読む顔より、人間の顔してたで。 米屋の息子は相変わらず軽口叩いて、「神輿担ぐのも大変ですねぇ」なんて言う。大島は苦笑い。わいは心の中で、「担がれる方も、実は足浮いてて怖いんやろな」と思てた。 皮肉な話やけどな、職場で一番偉い人間が、一番孤独やったりする。上に行ったら仲間増える思たら大間違いや。減る一方や。 その夜、大島は少しだけ酔うて、「今日はありがとうございました」言うて帰っていった。 わいと米屋の息子は、残った酒を飲み干しながら、「会社いうとこは、役職外したら、ただの人間になるんやな」てしみじみしたわ。神輿の上より、立ち飲みのカウンターの方が、よっぽど地に足ついとったで。

羽鳥慎一似の支店長・大島にな、わいはちゃんと伝えたんや。 亀戸に対して、宇治原史規似の八田三課長がやっとること、そこに有吉弘行似の久末が便乗してパワハラ三昧になっとる実態をや。立ち飲みで肩書き外した顔も知っとるし、「この人なら聞く耳あるやろ」と、わいなりに腹くくって話したんや。 大島は神妙な顔でな、「それは良くないですね」「状況は理解しました」なんて、ニュース原稿読むみたいにうなずいとった。わいはその瞬間、「あ、これは一応上には上げるパターンやな」思たわ。 せやけどな、日ぃ経っても、週ぃ変わっても、何も変わらへん。 八田は相変わらずカマキリ目ぇで亀戸を追い込み、久末は虎の威を借りた狐のまま調子乗っとる。亀戸の顔色だけが、日増しに悪なっていく。 結局あれや。「臭いものには蓋を」や。 問題を片付けるんやのうて、見えんようにしときたいだけ。支店長室から見えへん場所で起きてることは、なかったことにした方が都合ええんやろ。 わい、思たわ。 この人、神輿としては優秀やけど、その向きがちゃうんやないかって。社員を守る方向やのうて、自分の出世ロードの方角に向いてる神輿や。担ぎ手が誰で、下で誰が潰れとるかなんて、揺れの一部にしか見えてへん。 そらな、支店長ともなったら、全部真正面から受け止めてたら身がもたんのは分かる。けどな、見て見ぬふりを「大人の対応」言うたらあかんやろ。 わいはもう分かった。 この会社ではな、正義を通すより、臭いを消す方が評価される。人を守るより、神輿を安定させる方が大事なんや。 亀戸は今日も黙って耐えとる。 八田と久末は今日も元気や。 大島の神輿は、今日もまっすぐ上だけ向いて揺れとる。 ほんま皮肉な話やで。 下で誰か踏み潰されとっても、神輿が高う上がっとったら、「ええ祭りや」言われるんやからな。わいはもう、その太鼓の音、耳塞ぎたなってきたわ。

ある日な、本社の人事部の担当者が大阪支店に降りてきよった。名目はご立派やで。パワハラ、セクハラ、コンプライアンス違反――三点セットの「調査」や。廊下では「いよいよ来たか」言う声と、「形式だけやろ」言う溜め息が交錯しとった。 人事の連中はスーツびしっと着て、笑顔はあるけど目ぇは冷たい。「皆さん、率直なご意見を」その“率直”が、どこまで許されるんかは誰も教えてくれへん。 そんな空気の中でな、木村が動いた。あの木村がや。普段は空気と同じくらい目立たん男やのに、その日は違うた。 木村は亀戸に対する、宇治原史規似の八田三課長の陰湿なパワハラ、それに便乗して調子乗りだした有吉弘行似の久末の実態を、一つ一つ、淡々と訴えよった。 感情的にもならず、盛りもせず、「事実としてこうでした」それだけを積み重ねる話し方や。聞いてる人事の担当者も、さすがにメモ取る手ぇ止めへん。 わいは横で聞きながらな、「やっとや」「これで何か変わるんか」期待と諦めが、ちょうど半分ずつ胸にあった。 八田三課長?その日はやたら姿勢よかったで。久末?急に物静かになって、「僕、勉強不足で…」とか言い出しよった。狐も人事の前では冬眠するらしい。 けどな、わいは思てた。この調査が“膿を出す手術”になるんか、それとも“問診だけして終わる健康診断”で終わるんか。 会社いうのはな、問題があるかどうかより、「問題があったことにしてええかどうか」で動くとこや。 木村が勇気出して言うた言葉が、「是正」の材料になるんか、それとも「記録」にだけ残って、またどっかの引き出しにしまわれるんか。 わいは人事部の背中を見送りながら、心の中でつぶやいたわ。 ――今度こそ、蓋、外してくれるんやろな?それとも、また新しい蓋、用意するだけか? 三課の空気は、その日も相変わらず重たかった。せやけどな、木村が声出したぶんだけ、ほんのちょっとだけ、風が通った気がしたんや。

しばらくしてからや。社内が妙にざわつき始めたんは。 宇治原史規似の八田課長がな、関連会社に飛ばされた。「栄転」やのうて、誰がどう見ても“配置換えという名の隔離”や。カマキリは本社の草むらから、よう分からん畑に移されたっちゅうわけや。 ほんで有吉弘行似の久末は地方転勤。「新天地での活躍を期待します」やて。期待されとるんやのうて、視界から消されただけやろ、と大阪支店では全員が同時に思たはずや。 表向きはどっちも「人材の有効活用」「組織活性化のため」らしい。せやけどな、現場の人間はよう分かっとる。これは“終わった”配置や。 休憩室ではヒソヒソ声が飛び交う。「八田、行ったらしいで」「久末も地方やて」「…ああ、あれやな」 誰も「残念やな」なんて言わへん。代わりに出てくるんは、「まあ、そうなるわな」この一言や。 わいはその会話聞きながら、コーヒー飲んでた。砂糖入れすぎたみたいに、後味だけが妙に甘ったるかった。 結局な、会社は全部知っとったんや。知らんふりしてただけで、使えんようになった瞬間に、ちゃんと片付けよる。 正義が勝った?ちゃうちゃう。空気が悪うなりすぎて、放置コストの方が高なっただけや。 亀戸は少しずつ顔色戻してきた。誰も謝らへん。誰も総括せえへん。ただ、いじめてた人間がおらんようになっただけや。 大阪支店では、「終わったな」という言葉が、判決文みたいに静かに共有された。 わいは思たわ。この会社ではな、悪いことしたから終わるんやない。目立ちすぎたから終わるんや。 せやけどまあ、カマキリと狐が視界から消えただけでも、三課の空気はだいぶマシになった。 正義は来ぇへんかったけどな。せめて、静けさだけは戻ってきた。会社いうのは、それで「解決した顔」する場所なんやろな。

クローバー会の飲みの席でな、また例の話が出よった。酒が回ってくると、みんな急に名探偵になるんや。 「八田と久末が処分されたん、やっぱ亀戸の件やろ」「せやろな。あれはさすがにやり過ぎや」「でも不思議やな。大島支店長も見て見ぬ振りしとったのに、誰が人事に行ったんや?」 グラスの向こうで、そんな声がヒソヒソ飛び交う。陰謀論と推理ごっこが、ちょうどええ肴になる時間帯や。 わいは黙って酒飲んでた。知っとるからや。誰が人事部に訴えたんか。どんな顔で、どんな言葉で、どんな覚悟で言うたんか。 せやけど、言わへん。ここで真実ばらしたところで、誰かが救われるわけやない。名前が出た瞬間、今度は「勇気ある告発者」やのうて「空気読まんやつ」になるんが、この会社や。 「まあ、どっかで線超えたんやろな」誰かがまとめにかかる。全員がうなずく。これで話は終わりや。 大島支店長の名前も出た。「結局、上は何もせんかったな」「神輿は自分の出世にしか向いてへんかったな」そんな言葉が、笑い混じりに流れる。 わいは心の中で思た。見て見ぬ振りした人間は、処分されへん。声上げた人間は、表に名前出えへん。 それがこの会社の“うまい回し方”や。 知っとることを黙っとるんは、正義やないかもしれん。せやけどな、ここではそれが一番賢い振る舞いやった。 グラスを置いて、わいは言うた。「まあ、終わった話や。飲も」 誰も異論はなかった。真実はテーブルの下で、空き瓶と一緒に転がされたままや。 会社いうのはな、悪者を処分する場所やのうて、真実を曖昧にして、みんなが前向いてる“ふり”をする場所なんや。 わいは今日も、知っとることを一つ、胸の奥にしまい込んだまま、黙って酒を飲んどる。

来年の3月に定年迎える米屋の息子がな、珍しう神妙な顔してわいのとこ来よった。立ち飲みでアホな話しかしゃべらん男が、昼間の給湯室でや。これはもう、だいたい察しつく。 「なあ、ちょっと聞いてくれへんか」そう前置きしてから、所属長の神明に呼ばれた話をしよった。 ――嘱託で更新したいんやったら、組織に一切逆らうな。 ――これは大島支店長の考えでもある。 言い方は丁寧やったらしいで。声も低うて、表情も穏やか。せやけど中身は、ドスの効いた通告や。 要するにこうや。「余生分の給料が欲しけりゃ、黙れ」それを“お願いベース”で包んだだけや。 米屋の息子、苦笑いしながら言うた。「なあ、わい、何も言うてへんやろ?」せやねん。あいつはもう、とっくに神輿も担いでへんし、太鼓も叩いてへん。ただ端っこで、転ばんように立っとるだけや。 それでもあかんらしい。“逆らわへん”やのうて、“疑問も持つな”いう話や。 しかもな、「これは大島支店長の考えでもある」この一文が、効く。自分の言葉やのうて、神輿の上から落ちてきた“お墨付き”や。 わいは思たわ。ああ、やっぱりやなって。パワハラ見て見ぬ振りした神輿は、最後までちゃんと神輿や。向きは一貫してる。社員やのうて、出世と秩序の方角にな。 米屋の息子は、「黙ってりゃええんやったら楽やけどな」言うてた。せやけどその顔、全然楽そうやなかった。 定年まで会社に尽くして、最後に残った選択肢が 「物言わん置き物になること」 やとしたら、それは更新やのうて、縮小再生産や。 わいは答えんかった。助言なんか、できへん。正解は人によって違うし、この会社では“正しい選択”より“静かな選択”の方が長生きする。 ただ一つだけ言うた。「自分で決めたらええ。せやけど、誰かの考えを自分の考えやと思い込んだらあかんで」 米屋の息子は、「せやな」言うて笑うた。いつもの軽い笑いや。でも、その奥にある重さは、わいにはよう見えた。 会社いうのはな、若いもんには夢を語らせ、年寄りには沈黙を売る。値札は付いてへんけど、支払いは、だいたい尊厳や。 わいはその日、立ち飲みの誘いを出さへんかった。酒で流せる話やない。神輿は今日も揺れとる。下で、黙れ言われた人間を踏み台にしながらな。

宇治原史規似の八田課長が消えたあと、第三課の課長に座ったんは宇栄原いう男やった。見た目はもう、ゴリラ。顔つきも体格も、ネクタイ締めたゴリラがそのまま会議室に座っとる感じや。 最初はな、みんなちょっと期待したんや。八田みたいな陰湿さもないし、久末みたいな小賢しさもない。声はデカいけど、言うてることは単純明快。「よう分からんけど、まあええやろ」この雑さが、逆に人間味あってな。 せやけどな、課長いう椅子は、ゴリラの肩にも重すぎたらしい。上からは数字、下からは愚痴、横からは忖度。毎日、神輿の揺れと現場の軋みを、ひとりで受け止めさせられる。 だんだん宇栄原、変わっていった。朝の挨拶が短なる。会議で黙る時間が増える。ゴリラやのに、目ぇだけ妙に怯えとる。 しばらくして、会社に出てこなくなった。理由は「体調不良」。みんな分かっとる。体やのうて、心の方や。 八田は飛ばされ、久末は地方へ消え、宇栄原は潰れた。 三課の課長席は、まるで呪われた椅子みたいや。座ったもんから順番に、形を変えて消えていく。 わいは思たわ。この会社な、悪意ある人間は排除されるけど、真面目に受け止める人間は壊される。 宇栄原はパワハラもせえへんかった。誰かを踏み台にもせえへんかった。せやから余計、逃げ道がなかったんやろ。 「管理職は自己管理が仕事です」よう聞くセリフや。ほな聞きたいわ。壊れるまで耐えるのも、管理なんか? ゴリラは森におったら強い。せやけどな、神輿と忖度と沈黙でできた檻の中では、誰でも弱る。 宇栄原の席は、今も空いたままや。誰もすぐに座ろうとせえへん。 その椅子が重たいんやのうて、この会社のやり方そのものが、人の心を削る重さなんやと、わいはあの空席見て、よう分かったわ。

宇栄原が消えてしばらくしてな、今度はコロナ禍まっただ中に、第三課の課長として新しい男が赴任してきよった。名古屋支店から来た、呉竹いう男や。 聞いた話では、課長に抜擢されたんがよっぽど嬉しかったらしい。表情には出えへんけど、内心ではガッツポーズ何回も決めとったんやろな。せやけど外から見たらな、無口で陰気、愛想ゼロ。マスクしてるせいもあって、顔半分は常に「不機嫌です」状態や。 挨拶も最小限。雑談なんか論外。リモート会議では存在感ゼロ。「課長、います?」言われる始末や。 ほんでな、この呉竹、まず何を始めたかいうたら、仕事やない。机の“要塞化”や。 自分の机のまわりに、ボックス、ボックス、またボックス。「この決済書類はここ」「そっちの決済書類はあそこ」「至急は別ボックス」「参考資料はさらに別」 見てるだけで目ぇ回る。課長席やのうて、物流センターの仕分け場や。 本人はきっと、「俺は管理できている」思てるんやろ。せやけどな、周りから見たら、仕事を整理しとるんやのうて、不安を箱詰めしとるだけや。 コロナで先行き見えへん、部下の顔もマスクで分からん、会話も減る。せやから、「せめて書類だけは自分の支配下に置きたい」そんな必死さが、箱の数に表れとった。 課長に張り切ってるはずやのに、声は小さい。指示も紙経由。人には近づかへん。書類だけがどんどん近づいてくる。 わいは思たわ。この三課の課長席、ほんま人をおかしなる。 八田は歪み、宇栄原は壊れ、呉竹は箱に囲まれて、自分の居場所を確かめとる。 管理職いうのはな、人を見る仕事のはずや。せやのにこの会社では、最後はみんな、人よりモノを見るようになる。 呉竹の机のまわりに積まれたボックス見ながら、わいは思た。 あれは書類置き場やない。課長になった不安と孤独を、一個一個、形あるもんに変えて並べた結果や。 コロナより怖いんはな、こうやって静かに人が“会社仕様”に変形していくことや。三課の課長席は、今日もまた、別の形で人を削り始めとった。

始業前や。課の裏番号が鳴った。 出たんは総合職の浮島。朝から声だけは元気や。 電話の主は木村。話の内容がまた、出来すぎとる。 地下鉄地震橋のホームから改札に上がるエスカレーターでな、後ろから来た若い女性が割り込んできて、木村にぶつかって、そのまま転倒。 ほんでその女性が言うには、「後ろから押された」 警察呼んだらしい。せやから出社遅れる、と。 さらに木村は付け加えたそうや。「これ、因縁つけて金にしようとしてるんちゃいますかね」 朝からサスペンスや。三課は調査会社やないけど、事件の匂いだけは一人前や。 浮島は真面目な顔で話を聞いて、すぐ課長の呉竹に報告した。 呉竹はというと、ボックス要塞の中で、「……そうか」と頷いただけ。 指示なし。確認なし。心配もなし。 箱は増えるけど、言葉は増えへん。 浮島はホワイトボードに「木村 電車遅れ」と書いた。 それだけや。 警察沙汰の可能性があっても、因縁の疑いがあっても、会社の処理は四文字で済む。 ――電車遅れ。 便利な言葉や。真実もトラブルも、全部その中に押し込められる。 わいはそのホワイトボード見ながら思た。この会社な、人の人生が一瞬で揉め事になっても、最終的には「遅れ」扱いや。 八田のときも、久末のときも、宇栄原のときも、だいたい最後は“処理済み”の空気になる。 木村が悪いんか、女性が悪いんか、真相はまだ分からん。 せやけど三課の朝は、もう通常運転や。ボックスは並び、ホワイトボードは白いまま、呉竹は静かに頷くだけ。 会社いうのはな、事実よりも「今日の業務が回るかどうか」の方が大事なんや。 木村のトラブルも、そのうち“あのときちょっと揉めた件”に縮小されるんやろな。 わいはコーヒーすすりながら、心の中でつぶやいた。 ――人生は警察沙汰でも、会社ではホワイトボード一行や。 ほんま、ようできた仕組みやで。

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