オールスターゲーム
※Roman-blog、BASEBALL KING、BASEBALL GATE、Wikipediaを参考にしました。
1971年、7月17日。あの日、西宮球場を包んでいたのは、ただの熱気ではなく、一種の「熱狂の塊」のようなものだった。阪急電鉄の本拠地、西宮。外野席までぎっしりと膨れ上がったスタンドからは、ビールの苦い香りと焼き鳥の脂が焦げる匂いが混じり合い、夏の湿った夜風に乗って漂ってくる。ウグイス嬢の涼やかな声が、かえって場内の興奮を際立たせていた。ぼくはといえば、その喧騒から遠く離れた部屋で、一人テレビの前に座っていた。ブラウン管の中では、オールスターという名の「祝祭」が繰り広げられている。当時のプロ野球は、ぼくらにとって生活のすべてであり、最大の娯楽だった。画面の向こう側の熱に浮かされるようにして、ぼくは固唾を飲んでその瞬間を待っていた。
江夏豊、という男がマウンドにいた。彼の左腕から放たれる白球は、まるで意思を持っているかのように打者の手元で鋭く伸びる。パ・リーグの強打者たちが、次々と、面白いように空を斬っていく。有藤、基、長池……。名前を挙げるだけで胸が熱くなるようなスターたちが、一人の男の前に沈黙していく。そのたびに、西宮の夜空に歓声が突き刺さり、テレビの前のぼくの心臓も、同じリズムで跳ねた。九連続奪三振。記録が達成された瞬間、実況の声は裏返り、スタンドの熱量は限界を超えて爆発した。画面の中の選手たちの、どこか信じられないものを見たような、それでいて清々しい表情。ライバル同士が、記録という魔法によって一瞬だけ「同志」に変わる、あの空気の揺らぎ。テレビを消した後の部屋は、ひどく静かだった。窓の外からは遠くで蝉の声が聞こえ、湿った夜の匂いが入り込んでくる。たった今まで見ていたあの熱狂が、どこか遠い国の出来事のように思えて、ぼくは少しだけ寂しくなり、それ以上に、明日誰かにこの興奮を話したくてたまらなくなった。昭和46年の夏。ぼくの記憶の1ページは、あの一球一球の軌道とともに、今も西宮の夜空に刻まれている。
1971年、7月17日。あの日、西宮球場を包んでいたのは、ただの熱気ではなく、一種の「熱狂の塊」のようなものだった。阪急電鉄の本拠地、西宮。外野席までぎっしりと膨れ上がったスタンドからは、ビールの苦い香りと焼き鳥の脂が焦げる匂いが混じり合い、夏の湿った夜風に乗って漂ってくる。ウグイス嬢の涼やかな声が、かえって場内の興奮を際立たせていた。ぼくはといえば、その喧騒から遠く離れた部屋で、一人テレビの前に座っていた。ブラウン管の中では、オールスターという名の「祝祭」が繰り広げられている。当時のプロ野球は、ぼくらにとって生活のすべてであり、最大の娯楽だった。画面の向こう側の熱に浮かされるようにして、ぼくは固唾を飲んでその瞬間を待っていた。
江夏豊、という男がマウンドにいた。彼の左腕から放たれる白球は、まるで意思を持っているかのように打者の手元で鋭く伸びる。パ・リーグの強打者たちが、次々と、面白いように空を斬っていく。有藤、基、長池……。名前を挙げるだけで胸が熱くなるようなスターたちが、一人の男の前に沈黙していく。そのたびに、西宮の夜空に歓声が突き刺さり、テレビの前のぼくの心臓も、同じリズムで跳ねた。九連続奪三振。記録が達成された瞬間、実況の声は裏返り、スタンドの熱量は限界を超えて爆発した。画面の中の選手たちの、どこか信じられないものを見たような、それでいて清々しい表情。ライバル同士が、記録という魔法によって一瞬だけ「同志」に変わる、あの空気の揺らぎ。テレビを消した後の部屋は、ひどく静かだった。窓の外からは遠くで蝉の声が聞こえ、湿った夜の匂いが入り込んでくる。たった今まで見ていたあの熱狂が、どこか遠い国の出来事のように思えて、ぼくは少しだけ寂しくなり、それ以上に、明日誰かにこの興奮を話したくてたまらなくなった。昭和46年の夏。ぼくの記憶の1ページは、あの一球一球の軌道とともに、今も西宮の夜空に刻まれている。
コメント
コメントを投稿