そらあかんわ

HバスM営業所のすぐそば。ディーゼルエンジンの重たい振動と、排気ガスの匂いが微かに混じる空気の中に、そのクリニックはあった。喉の奥がちりちりとした、風邪の初期症状特有の不快感を抱えながら、私は「小垣内内科クリニック」の自動ドアをくぐった。 受付に目を向けた瞬間、不意に足が止まった。 記憶の引き出しが、嫌な音を立てて開く。そこにいたのは、以前別の医院で私にひどく無機質な、あるいは突き放すような応対をした女性だった。再就職したのだろう。彼女は、私の顔を見ても何の感慨もなさそうに、ただ事務的に保険証を受け取った。数年の月日が流れても、指先の動かし方や、言葉の端々に宿る「あなたに興味はありません」という冷ややかな響きは、驚くほど変わっていなかった。 「……お呼びしますので、あちらで」 視線すら合わせないその声に、私は少しだけ、古傷が疼くような感覚を覚えた。 やがて呼ばれた診察室。小垣内医師は、手際よく私の風邪の症状を診てくれた。処方箋が決まり、診察が終わりかけた時、私はふと思い立って、最近のもう一つの不安を口にしてみた。 「あの、先生。最近、鼻血がよく出るんです。何か関係があるんでしょうか」 少しだけ、助けを求めるような気持ちだった。けれど、彼はカルテから目を離すことなく、短く、硬い声でこう言った。 「自分は内科医なので、わかりません。耳鼻咽喉科に行ってください」 その言葉は、あまりに正論で、あまりに潔かった。医師としての境界線を明確に引く彼の態度は、ある意味で誠実なのかもしれない。けれど、受付の女性から感じたあの「温度の低さ」が、診察室の中まで浸透しているような気がして、私はそれ以上言葉を続けることができなかった。 クリニックを出ると、営業所に戻るバスが大きな音を立てて発車していくところだった。私はマフラーを巻き直し、専門家たちが引いた「境界線」の外側を、独りで歩き始めた。

活気あるN商店街のアーケードを抜け、小さな交差点に差し掛かると、角に立つ交番の赤い灯が見えた。そのすぐ隣。看板に記された「山地歯科」の文字を見上げ、私は一度だけ深く息を吸い込んだ。 知人からの「あそこは腕がいいよ」という言葉を信じて、わざわざ足を運んだのだ。 自動ドアが開くと、冷房の効いた静寂と、歯科医院特有の薬品の匂いが私を包んだ。受付には、三人の女性が並んで座っていた。彼女たちは私が入ってきたことに気づいているはずなのに、すぐには顔を上げない。 「……予約の、◯◯です」 恐る恐る告げると、そのうちの一人がようやく視線をこちらに向けた。けれど、その瞳には歓迎の気配など微塵もなく、ただ事務的な、あるいは少し見下ろすような冷ややかさが宿っている。 「保険証、出してください」 短く投げられた言葉の礫。あとの二人も、こちらを値踏みするような視線を一瞬だけ交わし、また手元の書類に目を落とした。その空間を支配していたのは、連携の取れた「拒絶」に近い空気だった。 (……大丈夫だろうか) 私の背中に、小さな不安が這い上がる。評判がいいのはあくまで医師の腕であって、この受付の彼女たちが作り出す「横柄な壁」を通り抜けなければ、そこには辿り着けない。 けれど、ここで引き返す勇気もなかった。私は彼女たちが差し出した無機質なトレイに保険証を置き、少しだけ硬くなった椅子の感触を確かめながら、静かに自分の名前が呼ばれるのを待つことにした。

N商店街の喧騒を抜け、自宅の玄関を開けた瞬間のことだ。ポケットを探る指先が、あるはずの重みを見失った。 冷たい汗が背中を伝う。運転免許証にクレジットカード、数枚のキャッシュカード。それら全てが詰まった財布が、どこにもなかった。 必死に記憶を巻き戻す。会計を済ませた後、私は待合室の隅、大きな観葉植物の横にある椅子に座った。そこでバッグの中を整理し、領収書を仕舞い込んだはずだ。あの緑の葉の陰に、何かを置き忘れてきたのではないか。 焦燥感に突き動かされ、すぐに「山地歯科」へ電話をかけた。受話器の向こうから聞こえてきたのは、例の三人の受付の中でも、とりわけ横柄な響きを持つあの女性の声だった。 「……ありませんね」 観葉植物の横に座っていたこと、そこで荷物を整理したことを丁寧に説明した。けれど、彼女の返答は驚くほど素っ気なかった。まるで「探すまでもない」と言わんばかりの、平坦で冷ややかな拒絶。私は受話器を置き、諦めてカードの利用停止手続きと警察への遺失物届に追われた。 事務的な手続きを全て終え、どこか虚無感を抱えたまま一週間が過ぎた。 再び訪れた山地歯科。自動ドアが開くと、またあの三人の視線がこちらを射る。恐る恐る受付に立つと、あの女性が、まるでおはようとでも言うような平然とした調子で口を開いた。 「ああ、お財布。落ちてましたよ」 心臓が跳ねた。安堵よりも先に、理解しがたい困惑が込み上げる。どこにあったのかと尋ねると、彼女は事も無げにこう言った。 「観葉植物の横に落ちてました」 一週間前、私は確かにその場所を指定して電話をしたはずだ。あの時、「ない」と断言したのは彼女自身ではないか。抗議に近いニュアンスを込めて、電話では確認できなかったのかと問い返した。 すると彼女は、眉ひとつ動かさずに、こう答えた。 「その時は、落ちてなかったんです」 悪びれる様子も、申し訳なさそうな気配も一切ない。その言葉は、まるで「時間は連続していない」とでも言いたげな、完璧なまでの断絶を含んでいた。 窓の外では交番の赤い灯がぼんやりと光っている。私は手元に戻ってきた財布の重みを確かめながら、この場所だけに流れる奇妙で不条理な「時間」の感覚に、ただ黙って飲み込まれるしかなかった。

小さな公園の木々が風に揺れる、そのすぐそばにある馴染みの自転車屋。そこへ向かったのは、毎日の通勤を支える相棒を新調するためだった。けれど、辿り着いた店のシャッターには「休業」の文字。 予定が狂う。自転車がないと明日からの通勤に障る。私はやむを得ず、県道沿いにそびえ立つ大手自転車量販店へとハンドルを切った。 店内は明るく、無機質なほどに整然としていた。並んでいるのは、自社ブランドという名の、確かに小さな店よりは手頃な価格の自転車たちだ。 「このあたりは坂が多いですから。五段変速がおすすめですよ」 店員は、淀みのない口調でそう言った。その「正論」に抗う理由も見つからず、勧められるままに購入を決め、言われるがままに各種保険の手続きを済ませた。どこか事務的な、ベルトコンベアに乗せられたような感覚を覚えながら。 けれど、実際に走り出してみると、五段変速を使う機会などほとんどなかった。平坦な道を選んで走る私にとって、それは宝の持ち腐れだったのだ。 しばらくすると、その変速機が動かなくなった。再び量販店へ持ち込むと、店員は淡々とした表情でこう告げた。 「変速機というのは、使わないでいると壊れてしまうものなんですよ」 それを最初に説明するのが、あなたの仕事ではないのか。喉元まで出かかった言葉を飲み込み、私は提示された高額な修理代を支払った。 受難はそれで終わらなかった。半年経てばサドルが割れ、交換にまた高い金が飛ぶ。さらに半年後、今度は変速ダイヤルのカバーが熱に溶けたのか、触れるたびに手がベトベトと黒く汚れるようになった。タイヤの交換費用も、こちらの想像を軽々と超えてきた。 パンク修理のついでに、ブレーキの効きが悪いことを伝えると、店員は計算機を叩きながら言った。 「点検には〇〇円かかります。部品代は別で〇〇円ですから」 提示される数字に、体温が少しずつ奪われていくような気がした。自転車そのものは安かったのかもしれない。けれど、この場所に通うたびに削られていくのは、お金だけではなかった。 小さな公園のそばの、あの店なら。きっと、こちらの生活に寄り添った言葉をかけてくれただろう。「坂道、そんなに登らないならこっちがいいですよ」とか、「たまにはギアを動かしてくださいね」とか。 そんな血の通ったやり取りの代わりに、私は冷たい「見積書」を突きつけられ続けている。 結局、私は高い買い物をしたのだ。安さに釣られて、安心と信頼をどこかに置き忘れてきてしまった。 「……もう二度と、ここへ来ることはないな」 店を出て、ギチギチと音を立てる新しいタイヤを転がしながら、私は心に決めた。便利さと効率の裏側に潜む、あまりに無機質な関係性。その境界線の外側へ、私は静かに漕ぎ出した。

あの山地歯科から北へ三百メートルほど歩くと、商店街の喧騒がふっと途切れる一角がある。そこに「中名眼科」はあった。通い始めた頃はそれなりに混み合っていた待合室も、訪れるたびに空席が目立つようになっていった。以前はにこやかだった受付の女性も、どこか遠くを見るような時間が増え、向けられる笑顔は日に日に薄く、剥がれ落ちていくように見えた。そんな、ゆるやかな衰退の気配の中で、その事件は起きた。白内障の手術を終え、術後の点眼を続けていた時のことだ。私は診察室で、はっきりと伝えた。「先生、もう目薬がなくなったんです」 けれど、中名医師の耳には届いていなかったらしい。彼は手元の資料に目を落としたまま、「まだ残っているはずですから、それを続けて」と、私の言葉をあからさまな勘違いとして片付けてしまった。医師という絶対的な存在に、それ以上の言葉を重ねることを私は躊躇した。それが間違いだった。数日後、私の視界は白く霧がかかったようにぼやけ始めた。網膜が腫れ上がり、景色が歪んでいく。指示を誤り、必要な点眼を怠った代償は、じわじわと、けれど確実に私の眼球を侵食していった。医師の思い込みと、私の沈黙。そのわずかな「ズレ」が、取り返しのつかない歪みとなって視界を塞いでいく。再び訪れた眼科の待合室。さらに少なくなった患者たちの間で、私はぼやけた輪郭の時計を見上げていた。もう、受付の女性の顔もよく見えない。ただ、この場所全体を包む冷え切った空気が、私の網膜をさらに疼かせるような気がしてならなかった。

三十年前の記憶が、ふとした拍子に埃(ほこり)を被った古いアルバムをめくるように蘇(よみがえ)ることがある。 当時、本社から華々しく赴任してきた課長、高良内のことだ。有名私立のW大学を卒業したという、絵に描いたようなエリート。仕立ての良いスーツを纏い、言葉の端々には知性が漂っていた。 けれど、彼との距離が縮まるにつれ、私はその「知性」の裏側に潜む、得体の知れない歪みに気づき始めていた。 今思えば、彼は完全に「盗人(ぬすっと)」だった。 それは、社員旅行で行ったスパでのことだ。脱衣所で荷物をまとめる彼のカバンから、施設のロゴが入った浴衣の裾が覗いていた。彼はそれを、まるで当然の権利であるかのように、淀みのない動作で奥へと押し込んだ。 あるいは、仕事終わりの宴会の席。酒が入り、場が盛り上がる陰で、彼の指先は音もなく動く。テーブルの上の灰皿や、まだ中身の詰まった爪楊枝入れが、まるで手品のように彼のポケットへと消えていく。 「家にはね、こういうのがずらりと並んだ『コレクション』があるんだよ」 悪びれる風もなく、彼は一度だけそう漏らしたことがあった。その時の彼の瞳は、獲物を自慢する少年のようでもあり、同時に、深い闇の底を覗かせているようでもあった。 W大学卒、本社からのエリート課長。その輝かしい肩書きと、小石を拾うように他人の備品を掠(かす)め取る卑屈な指先。そのあまりに極端な落差に、私は戦慄(せんりつ)に近い違和感を覚えた。 あれはもう、物欲などという浅い言葉では片付けられない「病」のようなものではなかったか。 「……警察に捕まらずに済んでいるのだろうか」 デスクで彼の背中を見つめながら、そんな不穏な考えが頭をよぎることもあった。周囲が彼を「優秀な上司」として仰げば仰ぐほど、私の中の「高良内」という人物像は、修復不可能なほどにバラバラに壊れていった。 三十年経った今でも、どこかの宴会場で、彼の手が密かに動いているのではないかという気がしてならない。あの整った顔立ちの裏側に、救いようのない渇きを抱えたまま。

二十五年前、あのオフィスにはいつも、微かに苦い薬品の匂いが漂っていた。 所長は、デスクの引き出しに常備した胃薬を流し込んでは、常に険しい表情で何かに耐えていた。眉間に刻まれた深い皺は、彼の内面の苛立ちをそのまま形にしたかのようだった。 「これを見ろ!誰のせいだと思っているんだ!」 お客様アンケートの結果が少しでも芳しくないと、彼の怒りは沸点に達する。全所員が固唾を呑んで見守る中、当事者は冷たい視線に晒され、人格を否定するような言葉の礫を浴びせられた。静まり返ったフロアに響く怒号は、私たちの心を少しずつ、けれど確実に削り取っていった。 やがて、職場の空気が目に見えて薄くなっていくのを感じた。 一人、また一人と、翌朝のデスクが空白になる。連絡のない欠勤。それは言葉にならない静かな拒絶だった。一人去るごとに、残された私たちの間には、連帯感というよりは「次は自分かもしれない」という、澱んだ霧のような不安が立ち込めた。 そんな停滞を打ち破ったのは、三人目に標的となった女性社員だった。 彼女は共産党系の組合員で、筋の通らないことには決して首を縦に振らない強さを持っていた。所長の罵倒に対しても、彼女の瞳だけは凍りつくことなく、静かに火を灯していた。 「これは、教育ではなく暴力です」 彼女が所長をパワハラで訴えたという知らせが届いたとき、オフィスを支配していた重苦しい均衡が、音を立てて崩れるのを聞いた気がした。 胃薬を飲み、難しい顔で他人を追い詰め続けた所長。その彼が守ろうとしていた「組織」が、彼自身の振る舞いによって瓦解していく。 二十五年という歳月が過ぎ、あの苦い匂いも怒号も今はもうない。けれど、空席が目立ち始めたあの頃の、窓から差し込む夕日の不自然な明るさを、私は今でも時折、苦い後味と共に思い出す。

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