117クーペ
きみとの思い出で、悲しいこともあった。 十八歳になって運転免許が取れるようになり、ぼくはすぐに教習所へ通った。免許証を手にしたときの高揚感は、今でもよく覚えている。アルバイトをして中古車を買った。廃車寸前の、真っ赤なスポーツタイプの車だった。Hondaのクーペ7かクーペ9という名前だったと思う。錆びついていて、ギアの入りも悪かったけれど、ぼくには宝物のように思えた。 その車で、きみを初めてドライブに誘おうと思った。胸が高鳴りながら、きみの家の玄関先に立ったときの心臓の鼓動を、今でも思い出せる。 「ISUZUの117クーペに乗りたいな」 きみは、そんなふうに言った。 頭を思いっきり叩かれたような気分だった。117クーペは当時とても人気のあった車で、確かに流線形のデザインは美しく、若者の憧れだった。でも、価格は高く、ぼくに手が届くものではなかった。 どういう気持ちで、きみがそう言ったのか、今となってはわからない。冗談だったのかもしれないし、本気だったのかもしれない。ただ、そのときのぼくは、胸の奥に冷たいものがすっと入り込んできて、言葉を失ってしまった。 笑ってごまかせばよかったのだろうか。軽く流せば、きみもそんなに深い意味で言ったわけじゃなかったのかもしれない。でも、あの瞬間の沈黙と悲しみは、ずっと心に残っている。
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